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コミュニケーション 〜やおら欧米型の対話流儀になびいてしまうのは、、〜 (11/5/2004)
同じ国の人間同士が、母国語で幾度も話し合った結果、言った 、言わないで、もめることがある。誰にでも一度や二度はこんな経験があるだろう。
コミュニケーションの場で、自分の意見を主張することばかり優先させてしまうと、誤解を招きやすい。むしろ他者の意向を尊重させながら、臨機応変に好適な手段を施すことが肝要である。
ところが、いざ議論が始まってしまうと、つと熱くなってしまって、冷静さに欠けることがある。言うは易く、行なうは難しである。
先般、ある壮年の日本人と出会った折に、「私はアメリカに長く住んでいるので、はっきりとものを言います」と述べられた。
言葉の趣を明瞭にして、イエスとノーの区別をはっきりさせることは良いことだ。けれども、単刀直入型の対話形式に重点を置き過ぎて、物腰が粗雑であると、相手の心を傷つけるばかりか、悪い印象だけがイメージされてしまう。
良識のあるアメリカ人の言動には、物事をはっきりと述べ伝える代わりに、ユーモアとウイットを交えて、他者に対する心配りが実に巧みである。
物事を明確に伝えるということは、対人への思い遣りを忘れてはならないということなのだろう。処世訓を心得ないで、やおら欧米型の対話流儀になびいてしまうのは、単なる「かぶれ」に過ぎないと思う。
また議論で勝とうなどと思ってみたり、きょうこそは、ぎゃふんと言わせてやるなどと考えるよりも、まず相手を受容することから始めてみたい。
チェーホフの受売りだが、優しい言葉で相手を得心させられないような者は、大それた言葉の羅列でも説伏できない。
同じくイランの詩人サーティーの言葉を潤色してみた。ことばもて、人は獣に優る。けれども、柔和な面持ちで正しく語れないのであれば、獣、汝に優るべし。
(新井雅之)
新井雅之(あらいまさゆき)/詩人 1955年、大阪市生まれ。 『関西文学賞』元審査委員、月刊『関西文学』元編集委員総合アート専門誌『ARTISTIC』元編集長。文芸誌、新聞等に詩、評論、エッセイ、童話を発表。 詩とエッセイのアンソロジーが多数ある。 1981年渡米、遊学、様々な職業を体験しながら、コラムニストとして活躍。 新聞社、雑誌社が主催している文芸賞、並びに詩の投稿欄の選者を担当。 2001年には『星野富弘 エッセイ・コンテスト』審査委員長を務める。スタンフォード大学名誉教授L.C.ポーリング博士に師事。 1993年 Litt.D.,Ph.D (文学博士号)修得。 財団法人『AXIOS』アキオス・インターナショナル・ミニストリーズ/CEO センチュリー・インターナショナル・グループ/代表取締役
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