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 シェ・サトー 

 
〜二十三年間の長い歴史に幕、アメリカ人と日本人の顧客に愛され続けて来たレストラン『シェ・サトー』〜 (11/5/2004)


 ロサンゼルス郊外にあるアーケディア市に、1981年、鳴物入りで日本人シェフが経営する本格的フランス料理店がオープンした。鳴物入りという意味は、決して吹聴などではない。経営者の佐藤シェフが、内外の数々の料理コンテストで優勝や入賞の実績があったからだ。

 一流のシェフ直伝のフランス料理が味わえるとあって、おまけに代金が極めてリーズナブルに設定されていたので、本格的なフランス料理をまだ味わったことのない日系人や日本人が、こぞってアーケディアに集結し始めた良き時代でもあった。

 時は流れて、地元のアメリカ人と日本人の顧客に愛され続けて来たレストラン『シェ・サトー』が、今年の十月三十一日に、二十三年間の長い歴史に幕を閉じた。佐藤さんはガーデナ市にあるレストランを、無二の親友と共同経営していたが、友人の突然の死と、自らの気力の衰えなどにより、第一線の料理人から身を引くことを決意された。今後はオーガニック食品の研究と、その事業に従事する意欲を見せておられる。

 ぼくは『シェ・サトー』へは、年に一度お伺いする程度であった。その度に佐藤さんとは少しばかり雑話をする位で、とりわけ深い付き合いはない。けれども佐藤さんとお会いする度に強く感じることは、温厚篤実で謙虚な人柄というイメージが、ぼくの心に刻まれていく。

 先日読んだばかりの陳 舜臣さんのエッセイによると、一流の料理人は、みな謙虚であるそうな。よって謙譲な料理人は、ぼくのような薄利の客に対しても、その都度、誠心誠意を尽くしてくださるのである。佐藤さんとて例外ではない。

 そんな佐藤さんの如才の無さにつけこんで、ぼくはメニューに載っていない料理を一週間ほど前に予約を入れる。電話で佐藤さんと直接話をしながら、料理の打ち合わせを完了させると、一週間後を千秋の思いで待ちあぐむ。

 未だに忘れがたいのが、ビスクをお願いした際に、秋季であったので、わざわざ小ぶりのかぼちゃの中身をくり抜いて、蓋つきのスープの容器をこしらえてくださった。その優雅な心遣いと、濃厚であるが決してくどくないビスクの滋味あふれる味覚が、ぼくの肉体と心を豪奢(ごうしゃ)な心持へと誘(いざな)った。

 もう一つ、同じくスープで心にのこっている味がある。それはビリビといって貽貝(いがい)のスープのことである。佐藤さんは『マキシム』(パリ)にいた際に、ビリビをよく作ったといって懐かしがられていた。味の方はパリの貽貝と種類が違うせいか、随分と淡白であった。けれども、このあっさりとしている風味こそが、このスープのうまみなのである。

 アメリカで成功した日本人として、佐藤さんのテレビ番組が制作されたことがあったが、食材を仕入れに行く場面を撮影する際に、佐藤さんが深紅のコルベッティを運転する一場面がある。

「実は、いつもはミニバンで仕入れに行きます」

 佐藤さんは苦笑いを浮かべながらぼくに話してくれた。

「テレビ局のディレクターだか演出家が、コルベットに乗ってくれと言って、聞かないのですよ」

 食事中にダイニングルームに現れた佐藤さんと、いつになく長話をしたことがあった。ぼくは彼の気さくな一面を垣間見たのである。それからシェフは腕時計に視線を落してから、頭(かぶり)を返していそいそと厨房の中へ消えていった。

 今後は、佐藤さんの新たな事業への挑戦にエールを送りながら、益々ご活躍されることを切に祈りたい。

(新井雅之)



新井雅之(あらいまさゆき)/詩人 1955年、大阪市生まれ。 『関西文学賞』元審査委員、月刊『関西文学』元編集委員総合アート専門誌『ARTISTIC』元編集長。文芸誌、新聞等に詩、評論、エッセイ、童話を発表。 詩とエッセイのアンソロジーが多数ある。

1981年渡米、遊学、様々な職業を体験しながら、コラムニストとして活躍。 新聞社、雑誌社が主催している文芸賞、並びに詩の投稿欄の選者を担当。 2001年には『星野富弘 エッセイ・コンテスト』審査委員長を務める。スタンフォード大学名誉教授L.C.ポーリング博士に師事。 1993年 Litt.D.,Ph.D (文学博士号)修得。 財団法人『AXIOS』アキオス・インターナショナル・ミニストリーズ/CEO センチュリー・インターナショナル・グループ/代表取締役







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